セックスの黄金期を迎えたテレクラ女性をハメたおす幸せ

セックスの黄金期を迎えたテレクラ女性をハメたおす幸せ

人は女に生まれるのではなくて女になっていくものだが、性への飽くなき探究心から、女になったあとさらにテレクラ女性になっていく女性もいるようだ。

もちろん、果てしない性の探求をはじめたすべての女性がテレクラ女性になっていくというわけではない。しかし、性の探求を始めた女性を受け止めてくれる場所というのは、そうそうあるものではない。

テレクラは、性の探求をはじめた女性を受け止めてくれる数少ない場所のうちの一つであるといえるだろう。

女になってから、性の探求の道を選ぶことを決意した女性の多くがテレクラという場所にたどりつくのは、彼女の喜びと創造性に満ちた性の探求を受け止めてくれる格好の場所がテレクラであるからに他ならない。

ツーショットダイヤルの回線越しに、テレクラ女性は、自分は女として「性」を知るのが人よりも遅かったように思う、だから、多くの人が「性」だけに振り回されずに「女」になっていく一方で自分は「性」にとらわれながら「女」になっていくことを余儀なくされたのだ、と語った。

そして、そんな私にはテレクラしかなかった、「性」に出遅れたがために「性」にこだわることしかできなくなった私には、もうほかに行く場所もなかったのだから、と続けたものだった。

私の肉体が性的な感受性を失っていないうちに、やがて失われる瑞々しい「性」の感性が私のなかに残っているうちに、あらゆる「性」の体験を私に、と、そのテレクラ女性は、テレクラを利用するということそれ自体に興奮して途端に濡れ始めた股間をまさぐる息づかいを受話器越しに私に届けながら懇願したものだった。

彼女の性欲、および、肉体的な魅力は、おそらく、二十代を間もなく終えようとしている彼女の人生のなかでピークに達していたのではないかと思われる。

私と彼女が即ハメをすることになったラブホテルのベッド上で、「遅れてきた性」に追いすがるようにしてテレクラでめくるめく性体験を重ねてきた彼女は、ついに、自分よりも早く「性」に目覚め、早々に「性」の可能性に見切りをつけて「女」になっていった彼女の同世代の「女」たちを軽々と追い越すことになってしまった。

いや、というより、彼女が「性」の探求をすることを決意し、テレクラを利用し、テレクラ女性になった瞬間から、すでに、彼女は同世代の「女」たちを性的に追い越していたというのが正しいだろう。

テレクラ女性の肉体は円熟の極みと言わざるをえない弾力と反応を見せたのだし、彼女が要求する「性」のレベルは、「性」にそれほどこだわりを持たずに社会生活を送ることができる女性が求める性のボーダーを軽々と超えた高いものになっていた。

そのことに、セックスによって淫らに乱れる彼女はまったく気づいていない様子だった。彼女は、自分より先に「性」に目覚めた女性たちが、自分以上の性的体験をしているということを信じて疑わなかったのだから。

性の探求の末に他の追随を許さない領域に突入してしまった彼女のようなテレクラ女性が要求する「性」を受け止めてくれる場所は、テレクラ以外にもはや存在しないように思われた。

私の指先や性的玩具、舌先やペニスなどから与えられたあらゆる刺激に、テレクラ女性は歓喜の嬌声をあげて打ち震えていたのだが、その喜悦の表情やとどまることの知らない愛液の噴出などを見ると、これほどまでに自分の身体のなかに広がっていく快楽をくまなく堪能できる女性もいないのではないか、という想いにとらわれる。

私の乳首や亀頭を舐め回すときの彼女の舌使いや、挿入されたペニスを膣内でかきまわすための腰使いなどは、男性の性感帯を刺激して時間内に射精させることを生業とする職業女性に勝るとも劣らなかった。

というよりも、性の純粋な喜びに満ちた無私の精神によって、彼女たちのそれを完全に上回っていたと言わざるをえないだろう。

女からテレクラ女性になっていった一人の女性のセックス探求の黄金期に立ち会うという幸福、そして、その黄金期の全身性器からもたらされる快楽の前で、私はテレクラという場所が与えてくれたこの機会に感謝しながら、なすすべもなく連続射精することしかできなかった。

そして、私の矮小な想像力と現状把握を超えて、彼女が、テレクラ女性として今日以上のピークを迎えることも同時に予感させられたのだった。

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